海外ポスドクの薦め

海外ポスドクの意義

一般に、博士課程を修了後アカデミックに残ることを希望している場合、 取りうる進路として、国内でポスドク、海外でポスドク、または国内の大学で助教に採用されるなど、いろいろなケースが考えられる。 このうち、ポスドクとして研究することの最大の利点は、自分の時間の100%を研究に割けることである。 これは、若い柔軟性のある時期に雑務に追われずに研究を深めることができる絶好のチャンスであり、 長期的に独創的、先端的研究に結びつく可能性が高まると考えられる。 では、特に海外でポスドクとして研究を行う意義はなんだろうか?

もっとも直接的な利点は新しい研究技法の習得である。自分の興味ある研究領域での最も先端的研究が常に日本国内で行われているとは限らない。 研究のアクティビティを考えた場合、論文発表数、被引用数でも、アメリカが圧倒的な地位を保っており、 次いで日本、ドイツ、イギリスが2番手のグループを形成している。 自分の研究領域での独創的、先端的研究を行っている研究グループが海外にある場合、 そこでポスドクを行うことで習得することは、その後の研究に非常に有益である。

特に、アメリカの比較的大きな研究室では、多くの異なったバックグラウンドを持ったポスドク研究者が各国から来ることが多く、共同で研究を行うことで、新しい分野や技法について自然と学ぶことが出来る。Mukamel研究室の場合、統計力学など物理出身の研究者、分子動力学、量子化学計算などの計算化学が得意な研究者、非線形分光に関連したフォーマリズムを主に担当している研究者など全体で10人以上のポスドクがプロジェクトごとに共同で仕事をしている。

次に、海外の研究スタイル、文化の違いを学ぶことも重要だ。 例えば、アメリカの研究スタイルの特徴として、人材の流動性とスピードの重視というものがあり、そうした文化を学び、新しい人と交流することは刺激的かつ有益である。一例として、ソフトウェアエンジニアとして働いたことのある学生が在籍した時には、コーディングルールの見直しや管理手法の改善などが行われ、グループ全体のコーディング技法の底上げがなされた。著者自身も多くのことを学ぶことができた。逆に日本にはひとつのテーマについて腰を据えて取り組むことができる利点があると感じる。濵口研究室では、学生に対して論文数などの結果よりも仕事の新しさを重視していた。ある程度結果のでるとわかった研究ではないため苦しみもあったが、最終的には現在の研究の基礎となり、粘り強さも学べたように思う。

さらに、英語圏でのポスドクであれば英語力の飛躍的な向上が見込まれる。 英語力については、日本人研究者は言語構造の違いからかどうしてもヨーロッパ圏の研究者に比べて見劣りすることが多い。国際学会での講演と質疑応答、論文作成、海外研究者との共同研究など英語力が重要になる場面は多いにもかかわらず、日本人研究者の質疑応答、論文原稿などに英語力不足を感じることが多い。主張を論理的にアピールすることに慣れてない印象もある。埼玉大の田隅三生先生が2006年のInternational Conference on Raman Spectroscopy (ICORS)で日本の化学教育が日本語で行われていることで研究者としての英語力が養われないとの指摘をされていたが、海外研究経験のない研究者が英語で授業を行うのは難しいかも知れない。

文法や語彙について一定の基礎力があることが前提であるが、こちらにポスドク研究者として滞在することで英語によるコミュニケーションの間のとりかたや呼吸が身につく。特に、優秀な研究室には日本以上に議論好きな研究者、ポスドクが多い。文化や時事などについての雑談から研究に関する議論まで積極的に加わって発言し、会話の途中でわからないことがあったら、恥ずかしがらずにその場で聞き返すのがよい。日本での雰囲気(空気)を読みつつする会話とは趣きの異なる、論理をつないで主張、説得していくような会話もできるようになればアメリカ研究者文化に馴染んだと言えるだろう。こうした訓練は、研究者としてやっていく上で非常に重要だと感じる。 個人的には、濵口研時代に海外からの来客が多く、また博士課程在籍中にGordon Research Conferenceでポスター発表の機会があったこともあり、比較的短時間で英語環境になじむことができた。